東京地方裁判所 昭和61年(行ク)21号 決定
申立人
中央労働委員会
右代表者会長
石川吉右衞門
右指定代理人
萩澤清彦
同
高田正昭
同
中村和夫
同
鈴木好平
申立人補助参加人
全日自労建設一般労働組合
右代表者中央執行委員長
初田一夫
右代理人弁護士
原山剛三
同
前田義博
同
岩崎光記
被申立人
株式会社銭高組
右代表者代表取締役
銭高善雄
被申立人
株式会社銭高組名古屋支店
右代表者支店長
上平勲
被申立人ら代理人弁護士
松本正一
同
近藤堯夫
主文
一 被申立人株式会社銭高組は、被申立人株式会社銭高組らを原告、申立人を被告とする東京地方裁判所昭和六〇年(行ウ)第一一四号不当労働行為救済命令取消請求事件の判決確定に至るまで、申立人が、中労委昭和五六年(不再)第七四号不当労働行為救済命令再審査申立事件について、昭和六〇年六月五日付けでした命令の主文第1項によって一部変更された愛労委昭和五四年(不)第二号事件について愛知県地方労働委員会が昭和五六年一〇月二〇日付けでした命令の主文第1項に従うことを命ずる。
二 申立人の被申立人株式会社銭高組に対するその余の申立及び被申立人株式会社銭高組名古屋支店に対する申立をいずれも却下する。
三 手続費用は、申立人に生じた費用の四分の三と、被申立人株式会社銭高組に生じた費用の二分の一及び被申立人株式会社銭高組名古屋支店に生じた費用を申立人の負担とし、被申立人株式会社銭高組に生じた費用の二分の一と申立人及び申立人補助参加人に生じた費用の各四分の一を被申立人株式会社銭高組の負担とし、申立人補助参加人に生じたその余の費用は、申立人補助参加人の負担とする。
理由
第一申立の趣旨及び理由
一 申立の趣旨
申立人と被申立人ら間の東京地方裁判所昭和六〇年(行ウ)第一一四号不当労働行為救済命令取消請求事件の判決確定に至るまで、中労委昭和五六年(不再)第七四号事件について申立人が発した昭和六〇年六月五日付け命令によって一部変更された愛知県地方労働委員会が同委員会昭和五四年(不)第二号事件について昭和五六年一〇月二〇日付けでした命令の主文第1項及び第3項に従え。
二 申立の理由
(一) 申立人補助参加人(以下「組合」という。)は、組合が申し入れた昭和五三年年末一時金にかかる団体交渉の開催期日、回答等について銭高組労働組合と差別したこと、昭和五三年度における組合所属の組合員菊地忠義(以下「菊地」という。)の賃金を差別したことは、不当労働行為であるとして、愛知県地方労働委員会に救済申立を行ったところ、同委員会は、愛労委昭和五四年(不)第二号事件として審査の結果、昭和五六年一〇月二〇日付けで別紙1記載の主文のとおりの命令を発し、右命令書は、昭和五六年一〇月二一日に被申立人ら及び組合に交付された。
(二) 被申立人は、右命令を不服として、昭和五六年一一月四日、申立人に再審査申立を行い、申立人は、中労委昭和五六年(不再)第七四号事件として再審査の結果、昭和六〇年六月五日付けで別紙2記載の主文のとおりの命令を発し、右命令書は、昭和六〇年七月一九日、被申立人ら及び組合に交付された。
(三) 被申立人らは、昭和六〇年八月八日、右命令の取消しを求める旨の行政訴訟を提起し、東京地方裁判所昭和六〇年(行ウ)第一一四号事件として現在審理中である。
(四) 被申立人らは、本件命令書交付後も、菊地に対する賃金是正及び是正に伴う差額を支払っておらないなど、任意に右命令を履行せず、かつ、右命令を履行する態度を示していない。
もし、本件行政訴訟が確定するまで、現在の状態が継続するならば、組合の団体交渉権に与える侵害並びに組合及び菊地の被る経済的損失、精神的苦痛、組合活動一般に与える侵害は顕著なものがある。
(五) よって、本件申立に及ぶ。
第二当裁判所の判断
一 被申立人株式会社銭高組名古屋支店に対する申立について
民事訴訟法は、訴訟当事者能力を有する者を原則として民法上の権利能力を有する者に限っており、権利能力のない者について訴訟当事者能力が認められるのは、その旨を明らかにした法律の規定のあるときに限られる。ところで、本件記録及び東京地方裁判所昭和六〇年(行ウ)第一一四号不当労働行為救済命令取消請求事件(以下「本案事件」という。)の記録によると、被申立人株式会社銭高組名古屋支店は、法人である被申立人株式会社銭高組(以下単に「会社」という。)の一部を構成する組織にすぎないことが一応認められるから、それ自体として権利能力がないことはもとより、民事訴訟法四六条にいう「法人ニ非サル社団又ハ財団ニシテ代表者又ハ管理人ノ定アルモノ」でもないことが明らかである。そして、法人の一部を構成する組織について訴訟当事者能力を認める法律の規定はないから、被申立人株式会社銭高組名古屋支店は、訴訟当事者能力を有しないというほかはない。
したがって、申立人の被申立人株式会社銭高組名古屋支店に対する申立は、不適法として却下を免れない。
二 被申立人株式会社銭高組に対する申立について
1 本件記録及び本案事件記録によると、中労委昭和五六年(不再)第七四号不当労働行為救済命令再審査申立事件について、申立人が昭和六〇年六月五日付けでした命令によって一部変更された愛労委昭和五四年(不)第二号事件について愛知県地方労働委員会が昭和五六年一〇月二〇日付けでした命令の主文第1項については、その適法性に重大な疑義を見出すことはできず、一応適法なものと認めることができる。
2 また、本件記録によると、被申立人株式会社銭高組は、右部分に従う意思を有していないことが一応認められ、これによると、右部分は未だ履行されていないことが推認でき、また、これを緊急かつ暫定的に是正する必要のあることが一応認められる。
3 申立人は、初審命令中の菊地の昭和五三年度本給を昭和五三年二月二一日付けで一七万九九〇〇円に是正し、是正に伴って支払うべき本給、時間外手当及び一時金と支払済みの本給、時間外手当及び一時金との差額の支払を命じた部分についても、緊急命令を申し立てている。
(一) 本件記録及び本案事件記録によると、次の事実を一応認めることができる。
(1) 会社は、昭和五一年以降、従業員の賃上げについては、銭高組労働組合(以下「銭労」という。)、申立人補助参加人の大阪支部及び名古屋支部との間で協定を結び、毎年二月二一日に遡ってこれを実施してきた(もっとも、昭和五四年については、「定期入社標準者」の解釈をめぐって争いが生じたため、名古屋支部とは協定の締結ができなかった。)。
昭和五三年の賃上げに関する協定のうち、名古屋支部との協定(以下「本件協定」という。)は、次のような内容を含むものであった。
〈1〉定期入社標準者(男子)のモデル本給を次のとおりとする。
二三歳(七級) 一一万六一〇〇円程度
二五歳(七級) 一二万八三〇〇円程度
二七歳(七級) 一四万〇五〇〇円程度
三〇歳(六級) 一六万〇一〇〇円程度
三二歳(六級) 一七万三三〇〇円程度
〈2〉考課幅については次のとおりとする。
二三歳ないし二五歳
プラスマイナス一・七四パーセント以内
二六歳ないし三三歳
プラスマイナス一・八八パーセント以内
(2) 会社と銭労及び大阪支部との賃上げに関する協定も、本件協定と同内容を含むものであった。もっとも、昭和五二年及び昭和五三年の銭労との協定には、右条項のほかに銭労組合員の平均賃金額の合意も含まれていたが、会社は、名古屋支部及び大阪支部に対しては、組合員名簿が提出されていないため、誰がその組合員であるかが明らかでないこと及びその組合員数が少なく平均を示しても有意なものではないと考えたことから、組合員平均の賃上げ額は示さなかった。
(3) 本件協定は、五ランクの年齢(級)についてのモデル本給を例示するのみで、三三歳の定期入社標準者(男子)の本給を例示していないが、本件協定の締結後に会社がこれを受けて改定した賃金表によると、三三歳の定期入社標準者(男子)の本給は一七万九九〇〇円であった。
(4) ところで、会社には、職制の補完及び適正な処遇を図ることを目的として、従前から、全従業員を理事、社員一級ないし社員八級(以下では、単に「一級」、「二級」、「八級」などのようにいう。)、準社員及び見習社員のいずれかの資格に属させる旨の資格制度が存していた。
会社は、昭和四九年、次項の賃金体系の変更に際し、資格と賃金とを結び付けることとするほか、「従業員資格制度要綱」を作成して、各資格の定義、資格要件などを定め、更に、上位の資格級への格付け(以下「昇格」という。)について、従来の実態を明文化した昇格選考内規も作成した。
(5) 会社は、昭和四九年にその賃金体系を変更したが、その内容は、次のようなものであった。
基準内賃金である本給は、本人給と資格給とで構成される。本人給は、毎年四月一日現在の年齢(満四一歳未満については、会社入社時の年齢を、実際の年齢にかかわらず、大学卒の場合は二二歳、高校卒の場合は一八歳などとし、これを起点として定めた標準年齢をいう。以下同じ。)に応じて自動的に定まり、満五〇歳までは年齢が一加わるごとに一定額が増額される(具体的な金額は賃金表によって定められている。)。
資格給は、毎年二月二一日現在の資格に応じ、各資格ごとに一号俸から一五号俸まで(準社員から社員五級まで)に分かち定められた所定の金額(標準賃率と称される。)に、各従業員の考課査定の結果に基づく所定の金額を加減して決定される。そして、各従業員は、原則として毎年一号俸ずつ上位の号俸の資格給を支給される。昇格する場合には、資格給の標準賃率が旧資格級のままであった場合に支給されるべき号俸の標準賃率に比べて直近で多額となる号俸の資格給が支給される。
(6) 右(4)及び(5)の資格制度及び賃金体系によると、定期入社者(毎年四月に、その年に学校を卒業して入社する者をいう。以下同じ。)であって、大学卒業者は、入社時に見習社員(Ⅰ)に格付けられ、原則として一年後(二三歳)に八級(Ⅰ)五号俸に昇格し、その後更に一年(二四歳)で七級二号俸に昇格することとなっていた。高校卒業者は、入社時に見習社員(Ⅰ)に格付けられ、原則として一年後(一九歳)に八級(Ⅰ)一号俸に昇格し、その後更に四年(二三歳)で七級一号俸に昇格する(八級(Ⅰ)五号俸と七級一号俸の資格給の標準賃率は同額である。)。そして、高校卒業者と大学卒業者は、原則として標準年齢二四歳で資格級号俸が同じになる。
定期入社者の場合、八級及び七級へは、長期にわたり欠勤した等の特別の事情のない限り、所定の年数の経過によって昇格するのに対し、六級への昇格は、七級在級年数のほか、勤務成績をも考慮され、過去二年間の人事考課が普通(七段階の絶対評価の四段階目)以上でなければ原則として昇格しない。もっとも、三〇歳(大学卒業者の場合は七級在級六年)で六級に昇格する者が最も多く、二九歳及び三一歳で昇格する者とを併せると、約九割程度に達する。
そして、会社の人事担当者等の間では、右のような経過を経て標準的に昇進し、三〇歳で六級に昇格する者を定期入社標準者と称しており、銭労との協定締結に当たってはこの旨を説明した。なお、昇格は、毎年二月二一日に行われる。
(7) 定期入社者は、二九歳で六級に昇格するときには六級一号俸(前年度七級六号俸)の資格給を、三〇歳で六級に昇格するときには六級二号俸(前年度七級七号俸)の資格給を、三一歳ないし三三歳で六級に昇格するときには六級三号俸の資格給(前年七級八号俸ないし一〇号俸)を、それぞれ支給される。二九歳ないし三一歳で六級に昇格した者相互間では、六級在級中は資格手当てに差がないが、三二歳以上で六級に昇格した者とそれ以前に昇格した者との間では、一号俸以上の差が生ずることになる。
(8) 菊地は、昭和四二年三月に大学を卒業し、同年四月に会社に入社した定期入社者であって、入社と同時に見習社員に格付けられ、昭和四三年八級に、昭和四四年七級に、それぞれ昇格した。昭和四九年の賃金体系の変更の際には、七級七号俸の資格給を支給されることになった。また、昭和五〇年には七級在級六年となったが、六級に昇格せず、昭和五三年二月に六級に昇格し、六級三号俸の資格手当(前年度資格給は七級一〇号俸)を支給されるようになった。
菊地の昭和五三年四月から翌年三月までの標準年齢は、三三歳であったが、本件協定を受けて改定された賃金表に基づいて菊地が同年に支給された本給は、前記(3)の三三歳の定期入社標準者(男子)の本給一七万九九〇〇円と比較して八〇〇〇円少ない一七万一九〇〇円であり、この金額は、三三歳の本人給一一万二〇〇〇円と六級三号俸の資格給の標準賃率五万九九〇〇円とを合計したものに一致した。
(9) 昭和五二年ないし昭和五四年の各年度で、それぞれの協定及びこれを受けて定められた本給を一・八八パーセントを超えて下回る本給の支給を受けた定期入社の男子従業員は、菊地以外にも多数いた。
(二) 右(一)認定の事実によれば、会社は、昭和四九年から資格制度及び賃金体系を変更したのであるから、そのような賃金体系を変更した以上、会社としては、その後の賃上げについては、右賃金体系と合致したものにしようとするのが当然であり、それ故、昭和五三年に本件協定を締結した会社の意思は、協定にいう「定期入社標準者」とは、高校を卒業とともに入社し、以後、見習社員一年、八級社員四年(大学卒業とともに入社した者は一年)、七級社員七年(大学卒業とともに入社した者は六年)という経緯で昇進し、三〇歳で六級に昇格するという標準的な昇格をしている者を意味し、かつ、右の意味での「定期入社標準者」について例示されたモデル本給を基礎として考課幅の範囲内で考課を行う、ということにあったものと解される。会社が、昭和五四年の銭労及び大阪支部との協定の第一頁において、本件協定と同様、五ランクの年齢について「定期入社標準者」のモデル本給を例示するとともに、その第二項において、「前記における考課幅は次のとおりとする。」として、考課がモデル本給を基礎としたものであることを明記したことが一応認められるのも、このことの表れということができる。
すなわち、少なくとも会社としては、「定期入社標準者」についての右のような理解に立って、菊地の昭和五三年の本給を一七万一九〇〇円と定めたものであり、いいかえれば、菊地は、昭和五三年二月二一日に旧号俸たる七級一〇号俸から六級三号俸に昇格し、しかも、六級三号俸の資格給については考課査定をプラスマイナスゼロとする標準額の支給を受けているのであるから、会社には同年の菊地の賃金を不利益に取り扱う意思は存しなかったものというべきである。右(一)(9)に認定した事実も、これを裏付ける一事情ということができる。
そうすると、本件命令中、会社が、菊地の昭和五三年度の本給を一七万一九〇〇円と定め、これに基づいて賃金を支給したことを不当労働行為に当たるとした初審命令を支持し、これに対する再審査申立を棄却した部分については、その適法性に重大な疑義があるというべきであるから、この点についての緊急命令の申立は失当である。
三 以上の次第で、申立人の本件申立のうち、被申立人株式会社銭高組に対し、本件命令の主文第1項によって一部変更された愛労委昭和五四年(不)第二号事件について愛知県地方労働委員会が昭和五六年一〇月二〇日付けでした命令の主文第1項に従うべき旨の緊急命令を求める部分は理由があるからこれを認容し、被申立人株式会社銭高組に対するその余の申立は理由がなく、被申立人株式会社銭高組名古屋支店に対する申立は不適法であるから、いずれもこれを却下し、手続費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条、九三条、九四条にそれぞれ従い、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 太田豊 裁判官 竹内民生 裁判官 田村眞)
別紙1
1 被申立人株式会社銭高組及び同名古屋支店は、全日自労建設一般労働組合銭高組名古屋支部との団体交渉に関し、開催期日並びに回答の日時及びその方法について、申立外銭高組労働組合との間に差別的取扱いを行ってはならない。
2 被申立人株式会社銭高組及び同名古屋支店は、申立人全日自労建設一般労働組合に対し、左記文書を本命令書交付の日から七日以内に手交しなければならない。
なお、日付は文書を手交する日を記載すること。
3 被申立人株式会社銭高組は、菊地忠義の昭和五三年度本給を昭和五三年二月二一日付で定期入社標準者(男子・三三歳)の本給一七万九九〇〇円に是正し、同人に対し是正に伴って支払うべき本給、時間外手当及び一時金と支払済の本給、時間外手当及び一時金との差額を速やかに支払わなければならない。
4 申立人のその余の申立は、棄却する。
記
昭和 年 月 日
全日自労建設一般労働組合
中央執行委員長 中西五洲様
株式会社銭高組
取締役社長 銭高善雄
株式会社銭高組名古屋支店
取締役支店長 三輪良助
株式会社銭高組及び同名古屋支店が、昭和五三年年末一時金に関する団体交渉の開催期日並びに回答の日時及びその方法について、銭高組労働組合を全日自労建設一般労働組合銭高組名古屋支部より優先し差別した行為は、不当労働行為であると愛知県地方労働委員会において認定されました。
今後、このような行為を繰り返さないよう留意します。
別紙2
1 初審命令主文第1項及び第2項を次のとおり変更する。
(1) 第1項中「開催期日並びに回答の日時及びその方法について、申立外銭高組労働組合との間に差別的取扱いを行ってはならない」を「申立外銭高組労働組合との交渉を優先させるなどして全日自労建設一般労働組合銭高組名古屋支部に対して不誠実な対応をしてはならない」に改める。
(2) 第2項の記中「株式会社銭高組名古屋支店 取締役支店長 三輪良助」を「株式会社銭高組名古屋支店 取締役支店長 大枝舜二」に、「団体交渉の開催期日並びに回答の日時及びその方法について、銭高組労働組合を全日自労建設一般労働組合銭高組名古屋支部より優先し差別した行為」を「団体交渉に関し、申立外銭高組労働組合との交渉を優先させるなどして全日自労建設一般労働組合銭高組名古屋支部に対して不誠実な対応をしたこと」に、「愛知県地方労働委員会」を「中央労働委員会」に改める。
2 その余の再審査申立を棄却する。